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そのきどをとおって

その木戸を通って

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1959(昭和34)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,448 字 · 44 页

青空文庫

「ほかにも大阪の者が知らぬまに長崎へいっているとか、いま座敷にいたと思った者が、そのまま行方知れずになって、何十年も戻らなかった、などという話がずいぶんございます、あの娘もそういう災難にあったのではないかと思いますが」

「そんなことが現実にあろうとは思えないけれども、――言葉の訛りなどで見当はつかないだろうか」

「言葉は江戸のようですが」と吉塚は首をかしげた、「しかし武家では、多少なりともその領地の訛りがうつりますし、それが江戸言葉と混り合いますから、どこの訛りという判断はむずかしかろうと存じます」

「では時期の来るのを待つだけだな」

「あるいは」と吉塚は主人の気持をさぐるように云った、「このままなにも思いださずに終るかもしれません」

正四郎はなにも云わなかった。

秋になるまで、正四郎はともえと三度、道の上で出会った。彼は思い切ったつもりでいながら、心の底には充分みれんがあったので、目礼をするときには、自分で顔の赤くなるのがわかった。ともえは三度とも盛装で、ひときわ美しく、小者と侍女を伴れていたが、彼の目礼をまったく無視し、路傍の人を見るほどの眼つきもせずに歩み去った。