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はたしじょう

はたし状

山本 周五郎

「週刊朝日 新年増刊」朝日新聞社、1951(昭和26)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,525 字 · 39 页

青空文庫

二

に来たので、母が酒の支度をしてもてなした。八木千久馬は妙にはしゃいで、

「大事な秘蔵息子を初めて旅へ出すんで、さぞ心配でしょう」などと母に冗談をいった、「――江戸は誘惑が多いですからね、たいへんな道楽者になって帰るかもしれませんよ」

「それもいいかもしれない、少し柔らかくなって来て貰わないとまわりが迷惑だからね」

同僚の一人が云うと、千久馬がそれに添えて、「お母さまにきいて来るか――」と云い、みんなが笑った。友人たちがどこかへゆく相談で誘いに来ると、第二はいつも母にきいてからと答える。二十四になる現在でも同じことで、かれらのあいだでは逸話のようになっていた。

「暇があったら昌平黌へやって貰うんだね」

藤島英之助は口の重い調子でそう云った。それから千久馬は帰る真際になって、ふいに、殆んど第二の耳へ口を触れそうにして、すばやくこう囁いた。

「しのさんとの話を聞いたよ、よかったね、おめでとう」

二

江戸へ着いたのが三月、それから僅か半年しか経たない九月に、しのとの婚約の破れたことを、父が手紙で知らせて来た。理由はなにも書いてなかった、和田のほうから破談を申し入れて来たというだけで、……おまえもさぞ落胆するだろうが、要するに縁がなかったと思うよりしかたがない、どうか男らしく諦めるように。