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ばちあたり

ばちあたり

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页

青空文庫

「OK、ぼくにももう云うことはありません、ぼくはかあさんといっしょにくらした、かあさんがいてくれたからこれまでやってきた、そのかあさんが死んでしまった、――いけねえ、同じことの繰り返しだな、ぼくは何百遍でも繰り返したいが、あんたたちにはお笑い草でしょう」敏夫は壺とグラスを持って立ちあがり、ちょっとよろめきながら、姉に云った、「――姉さん、いいことを教えてあげましょうか、ねえ、かあさんには恋人があったんですよ」

「ばかなことをお云いなさい」

「かあさんには恋人があった」と彼は云った、「それを聞いたときぼくはうれしかったな、あんたたちにはわからないだろうが、ぼくはかあさんに抱きつきたいように思った」

「敏夫」と姉がきめつけるように云った、「おかあさんがまだそこにいるのに、けがらわしい、なんということを云うの」

「けがらわしいの、姉さんには」敏夫はまた歯をみせて微笑し、姉におじぎをして云った、「ぼくは美しいと思ったな、本当にかあさんに抱きついてよろこんであげたかった、――もうこれでおしまい、酔ったようだから失礼して、ちょっと横にならせて頂きます」

そして敏夫は自分の部屋のほうへ去った。