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ひとごろし
ひとごろし
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1964(昭和39)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,607 字 · 45 页
「十番に泊っている侍は人殺しですよ」と或る夜は叫び続ける、「あの侍は人殺しです、いつなにをしでかすかわかりません、みなさん気をつけて下さい、あの侍に近よると危ないですよ」
昂軒がとびだして来ると、六兵衛はすばやく逃げ、逃げながらも叫び続ける。そらあのとおり、あいつは人殺しです、見境もなく人を殺す男です、みなさん用心をして下さい。すると道をゆく人たちは逃げ、店屋は慌てて大戸を閉めるのであった。昂軒も手を束ねていたわけではなく、物蔭や藪や雑木林に隠れて、六兵衛の不意を襲おうと幾たびかこころみた。けれど一度も成功しなかった。臆病者の六兵衛はあくまで慎重であり用心ぶかく、殆んど掴まえたと思ったときでも、昂軒の手を巧みにすりぬけて逃げた。まるでしろうとが鰻を掴みでもするように、するすると昂軒の手をすりぬけ、風のようにすばやく、逃げてしまうのである。ある宿屋では、逃げだした老人がびっこをひきながら、自分の右足の膝には軟骨が出ていて、医者にかかってもよく治らない、だからよく走れないのだが、どうか斬らないでもらいたいと、泣き泣き哀訴しながら、よたよたとよろめいていた、という悲しいけしきもあった。