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ひとごろし
ひとごろし
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1964(昭和39)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,607 字 · 45 页
「そうだね」と彼は用心ぶかく云った、「そう云われてみれば」
「云われなければわからなかったと仰しゃるんですか」
「いやそんなことはない、そんなことはないさ、自分だってうすうすは感づいていたんだ」
「うすうす感づいていたんですって」とかねは膝の上の拳をふるわせながら云った、「――それならなにかなすったらいかがですか、なにかを、そうよ、臆病者などという汚名をすすぐために、もうなにかなすってもいいころではありませんか、そうお思いになったことはないんですか」
「自分でもときどきそう思うんだが」六兵衛は溜息をつきながら云った、「なにしろその、道に落ちている財布を拾う、というようなわけにはいかない問題だからね」
「お拾いなさいな」とかねは云った、「道にはよく財布が落ちているものですわ」
慥かに、彼は道に落ちていた財布を拾った。しかもたいへんな財布を。ここで「偏耳録」の記事を二三引用しなければならない。
――延享二年十月五日、江戸御立、同十八日御帰城。三年丑八月、将軍家重公御上洛。同年芳江比巴国山兎狩御出。
――兎狩のとき争論あり、御抱え武芸者仁藤昂軒(名は五郎太夫、生国常陸)儀、御側小姓加納平兵衛を斬って退散。