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ひとでなし

ひとでなし

山本 周五郎

「講談倶楽部」1958(昭和33)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,484 字 · 38 页

青空文庫

三

「くわばらくわばら」とおつねは鬢盥や櫛箱を片づけながら云った、「おめでたい晩にこんなしめっぽい話なんて縁起でもない、さあ、もう着替えて下さいましな」

店のほうから大きな声が聞えた。「どうしたんだおかみ、幕が長いぞ」

三

石原町から川上のほうへ三丁ばかりゆくと、右手に法現寺という寺がある。俗に「ばんば」といわれる処だが、まわりは武家の小屋敷ばかりで町家はない。土塀をまわした寺の境内はかなり広く、山門こそ小さいが、本堂とはべつに、経堂と講堂を兼ねた建物があり、方丈、庫裡、鐘楼、下男長屋などが並んでいる。そして、これらはすっかり荒れはてており、人のけはいもなく、まるで無住の廃寺のようにみえるが、それは半年まえ、法現寺がところ替えになったにもかかわらず、檀家の関係で移転の費用がととのわず、さりとてところ替えを命ぜられた以上、ここで寺務を執ることもできないため、捨て寺同様になっているのであった。

もう日はすっかり昏れていた。山門の扉は閉っているが、蝶番も釘もゆるんでいるし、ただ両方から押しつけてあるばかりなので、人ひとり出入りするくらいの隙間は、ぞうさなくあける