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ひとでなし

ひとでなし

山本 周五郎

「講談倶楽部」1958(昭和33)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,484 字 · 38 页

青空文庫

ことができる。――いま背の高い男が、その扉をずらせ、すっと、山門の中へ身をすべりこませた。それは「源平」という居酒店へはいった、あの大きいほうの男であった。彼は扉を元のように押しつけてから、用心ぶかい足どりで庫裡のほうへ歩きだした。すると、鐘のおろしてある鐘楼のところで、「ここだ」という声がし、小柄な、黒い人影の立ちあがるのが見えた。石原の河岸にいた、ほっそりした顔だちの、あの伴れの男であった。

「おそかったな」と痩せた小柄な男が云った、「待ち草臥れたぜ、どうだった」

「だめだ、店は閉ってる」

「閉ってるって」

大きいほうの男は近よって、石垣に腰をおろした。鐘楼は二尺ほど土を盛り、まわりを石垣でたたんである。彼がそこへ腰をおろすと、痩せた男も同じようにした。

「あの店は今夜限りやめるそうだ」と大きいほうの男が云った、「それで店を閉めて、ごく馴染の客だけ集めて、祝いの酒をふるまうんだということだ」

「じゃあ、はいらなかったのか」

「すぐ向うの店で飲みながら聞いたんだ、源平っていう店で、いわばしょうばいがたきだろうが、ひどくかみさんのことを褒めていた、よっぽどできてる女らしい、自分のことのようによろこんで褒めていたぜ」