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ひとでなし

ひとでなし

山本 周五郎

「講談倶楽部」1958(昭和33)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,484 字 · 38 页

青空文庫

「もういちど云うが」と彼はやわらかい、ふくらみのある声で云った、「もう店はあいているじぶんだぜ、いくのかいかねえのか」

大きいほうの男は眼をそむけ、困ったように、片手を意味もなく振った、「女なしでやりてえんだ、女なしでやれると思うんだ、女がはいって事がうまくいったためしはねえんだから」

痩せた男は面白そうに、やさしい眼つきで伴れを眺めていた。相手がうまい洒落でも云うのを待っている、といったような、さも興ありげな眼つきだった。

「わかったよ」と大きいほうの男は顔をそむけながら云った、「じゃあ、おれはいくが、すみのほうは大丈夫だろうな」

「あとで会おう」と痩せた男が云った。

大きいほうの男は伴れの顔をちょっと見て、そしてふところ手をしながら歩きだした。大川につながる、堀に沿った道をはいると、片側町で横町が三筋ある。どの横町もゆき止りになっているが、それぞれに飯屋や居酒店が幾軒か並んでいた。この付近は大名の下屋敷や、小旗本の家が多く、そこに勤めている仲間とか小者などが、そういう店のおもな客のようであった。――男は二つめの横町へ曲り、こちらから家数をかぞえていったが、五軒めの家の前で立停り、訝しそうに首をかしげた。