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みちのき
みちの記
「東京新報」1890(明治23)年8月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,251 字 · 15 页
鯉も麓なる里より持てきぬというを、一尾買いてゆうげの時まで活しおきぬ。流石に信濃の国なれば、鮒をかしらにはあらざりけり、屋背の渓川は魚栖まず、ところのものは明礬多ければなりという。いわなの居る河は鳳山亭より左に下りたる処なり。そこへ往かんとて菅笠いただき草鞋はきて出でたつ。車前草おい重りたる細径を下りゆきて、土橋ある処に至る。これ魚栖めりという流なり。苔を被ぶりたる大石乱立したる間を、水は潜りぬけて流れおつ。足いと長き蜘蛛、ぬれたる巌の間をわたれり、日暮るる頃まで岩に腰かけて休い、携えたりし文など読む。夕餉の時老女あり菊の葉、茄子など油にてあげたるをもてきぬ。鯉、いわなと共にそえものとす。いわなは香味鮎に似たり。
二十一日、あるじ来て物語す。父は東京にいでしことあれど、おのれは高田より北、吹上より南を知らずという。東京の客のここへ来ることは、年に一たびあらんなどいえど、それも山田へとてにはあらざるべし。きょう今までの座敷より本店のかたへ遷る。ここは農夫の客に占められたりしがようやく明きしなり。隣の間に鬚美しき男あり、あたりを憚らず声高に物語するを聞くに、二言三言の中に必ず県庁という。