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わがちち
わが父
宮本 百合子
「中央公論」1936(昭和11)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,314 字 · 19 页
私が林町で父と最後にわかれる一月ばかり前、珍らしく国府津にある小さい家で父と数日暮したことがあった。母が亡くなり、弟夫婦が林町に住むようになった当時、父は自分の居り場所がきまらないような心持であったらしく、私に向かって幾度かお前と国府津で暮そうかと云った。お前の勉強する場所がいるなら拵えてやるよと云ってもくれたが、出入りにそこが不便なばかりでなく、仲よい父娘の一方は妻に先立たれ、一方は良人と引離されている、その一対がそんな海辺の小家で睦じく生活する日々の美しさなどというものは、或る状態の気分のときの空想にはたのしく描かれるかもしれないが、けれども現実に動く生活を必要とする自分たちのような父娘には実際問題としてなりたたないことと思えた。
父もその時は久しぶりの国府津であった。私達は薪を燃した大きい炉の前で波の音をききながらいろいろのことを話した。父の祖母に当るお俊というひとが一風ある婦人であったということもきいた。息子である父の父親が開墾事業に熱中しながら薄茶を大変好んでいたのをそのお俊という大祖母さんがおこり、薄茶立てたて開墾が出来るかと、それを封じてしまった。