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わがまち

わが町

織田 作之助

「文藝 第十巻年十一号」改造社、1942(昭和17)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,869 字 · 52 页

青空文庫

参、昭和

が、ただひとつ、昼間客のすくない時の退屈は、なんとも覚えのない悲しさで「走りごくで一等とったさかい、お祖父やんも安心してお前を働きに出せる。人間は楽しよ思たらあかん」という祖父の言葉も全部わすれた。そして、ガラス戸越しに表の人通りを見るともなく見て、呑気な欠伸をはきだしていると、いつかしくしく泣きながら居眠りし、そんな時いつも起してくれるのは、ガラス戸の隙間にシュッと投げ込まれる夕刊の音だった。

「次郎ぼん!」

外は寒かったが、表へ出て見ると、風が走り、次郎の姿はもう町角から消えていて、犬の鳴声が夕闇のなかにきこえた。どこからか季節はずれの大正琴の音だ。

参、昭和

十年が経った。

君枝は二十歳、女の器量は子供の時には判らぬものだといわれるくらいの器量よしになっていた。

マニラへ行く前から黒かったという他吉の孫娘と思えぬほど色も白く、あれで手に霜焼、皸さえ無ければ申し分ないのだがといわれ、なお愛嬌もよく、下足番をして貰うよりは、番台に坐ってほしいと、日の丸湯の亭主が言いだしたので、他吉はなにか狼狽して、折角だがと君枝に暇をとらせた。

そうして、寺田町の電話機消毒商会へ雇われてみると、日の丸湯でもらっていた給料がどんなに尠かったかが、はじめて判った。