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わがちをおうひとびと

わが血を追ふ人々

坂口 安吾

「近代文学 第一巻第一号」1946(昭和21)年1月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,546 字 · 21 页

青空文庫

二官は四郎先生とよんで自慢のあまり過当に四郎を代理に立てゝ一人前に振舞はせて喜びまはつてゐたのであつたが、応対の礼儀などでも大人以上の落付と余裕があつたし、思慮分別にも富んでゐた。四周にたゞ賞讃の言葉だけしか聞き知ることのなかつた四郎は、何が賞讃の要件であるか、更に賞讃せられるために如何にすべきか、本能的に会得してをり、常に効果を測定してゐた。けれども彼は十三であり、そしてあらゆる少年よりも更に空想的な少年だつた。彼は自在の力を信じ、自己の万能を空想したが、常に賞讃にみたされた通路に狎れて、野放図な子供の空想がそつくり大人の現実的な野心と計画に育つてゐた。

元々大人の年齢は多くは蛇足で、経験といふ不手際なツギハギによつて、要するにその人間の器量に相応したツギの当て方をしてゐるといふだけのことだ。子供の着物はまだツギが当つてゐない。彼らは空想的で大人達が器量相応のこと以上に踏みだす力を失つてゐるのに、彼らは思ひのまゝの何事もできると考へてゐる。だから彼らは利巧のやうでも子供だと言はれ、まだツギの当らぬ着物が、要するに之からの一足毎に破れて、ツギハギだらけになつたときに一人前になるだらうと考へられてゐるのである。