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アド・バルーン

アド・バルーン

織田 作之助

「新文学」1946(昭和21)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,390 字 · 53 页

青空文庫

気がする。父の夫婦別れの原因はいまもって判らないが、やはり落語家らしいのんきな男でした。

それはともかく、家が上ノ宮町へ引っ越していたのはちょっと寂しいことだった。というのは漆山文子のいる畳屋町は笠屋町から心斎橋筋へ一つ西寄りの通りだから、私はすぐにでも文子に会える、とたのしみにしていたからです。私は文子に逢えずに瀬戸物町へ帰りました。しかし、よしんばその時家が笠屋町にあったにせよ、自分の丁稚姿をふりかえってみれば、やはり恥しくて会えなかったかもしれない。ところが、その翌る年の七月二十四日の陶器祭、この日は瀬戸物町に陶器作りの人形が出て、年に一度の賑いで、私の心も浮々としていたが、その雑鬧の中で私はぱったり文子に出くわしました。母親といっしょに祭見物に来ていたのです。文子は私の顔を見ても、つんと素知らぬ顔をしていたが、むりもない、私はこれまで一度も文子と口を利いたことはなかったし、それに文子はまだ十二だった。しかし十六の私は文子がつんとしたは、私の丁稚姿のせいだと早合点してしまい、きゅうに瀬戸物町というものがいやになってしまった。

私の文子に対する気持は世間でいう恋というものでしたろうか。