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アド・バルーン
アド・バルーン
織田 作之助
「新文学」1946(昭和21)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,390 字 · 53 页
それとも、たんなるあこがれ、ほのかな懐しさ、そういったものでしたろうか。いや、少年時代のたわいない気持のせんさくなどどうでもよろしい。が、とにかく、そのことがあってから、私は奉公を怠けだした。――というと、あるいは半分ぐらい嘘になるかもしれない。そんなことがなくても、そろそろ怠け癖がついているのです。使いに行けば油を売る。鰻谷の汁屋の表に自転車を置いて汁を飲んで帰る。出入橋の金つばの立食いをする。かね又という牛めし屋へ「芋ぬき」というシュチューを食べに行く。かね又は新世界にも千日前にも松島にも福島にもあったが、全部行きました。が、こんな食気よりも私をひきつけたものはやはり夜店の灯です。あのアセチリン瓦斯の匂いと青い灯。プロマイド屋の飾窓に反射する六十燭光の眩い灯。易者の屋台の上にちょぼんと置かれている提灯の灯。それから橋のたもとの暗がりに出ている螢売の螢火の瞬き……。私の夢はいつもそうした灯の周りに暈となってぐるぐると廻るのです。私は一と六の日ごとに平野町に夜店が出る灯ともしころになると、そわそわとして、そして店を抜けだすのでした。それから、あの新世界の通天閣の灯。