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チェーホフのたんぺんについて

カシタンカ・ねむい 他七篇

神西 清

神西清『カシタンカ・ねむい 他七篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:チェーホフの短篇に就いて、チェーホフ序説。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 46,418 字 · 92 页

青空文庫

けだし彼の非情には、なまなかな後天説や環境説などの口出しを一切ゆるさぬ根づよさときびしさのあることを、われわれは既に十分見て来たはずだからだ。

もちろん文学史的に見れば、彼を八〇年代の児とすることは正しいであろう。だがそれは主として彼の芸術の総体が結果として醸しだす或る気分と、時代の気分との間のアナロジーの問題にすぎないのであって、彼の非情がその時代の枠の中においてこそ発生し、且つ形成されたと考うべき根拠はどこにもないはずである。なるほどチェーホフがその生涯の最も大切な時期を生きた八〇年代は、ナロードニキー運動とプレハーノフ的マルクス主義と、この二つのいずれもロシヤの現実から遊離した革命思想が、一は漸く退潮し一は漸く興ろうとしてまだ姿をあらわさぬ空白の時代であった。これを反対側から眺めれば、アレクサンドル二世の暗殺の前後を転機として、ロシヤの反動政治の権柄が法学者ポベドノースツェフの鉄腕を離れて、典型的な老獪政治家であるロリス・メーリコフの手に帰した時代である。それはまさしく幻滅と萎微と沈滞と無目的と退嬰と窒息……等々にとざされた灰色の一時代であった。