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チェーホフのたんぺんについて

カシタンカ・ねむい 他七篇

神西 清

神西清『カシタンカ・ねむい 他七篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:チェーホフの短篇に就いて、チェーホフ序説。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 46,418 字 · 92 页

青空文庫

更にまた一切の目標から切断されているゆえに、闘争もなく行動もなく、従って多少とも本質的な変化というものもあり得ない。それはわれわれが既にあのサガレン旅行前後の事情について、はっきり見たところである。しかも不断の覚醒状態に置かれた人間は、おそらく絶望の権利をも奪われざるを得ないだろう。いや、絶望からの切断――これが人間にとって実は一ばん怖ろしいことかも知れないのだ。

そこでどういうことになるか。人間的機能のうち、一たい何がチェーホフに残されているのか。おそらくは一対の眼だけではないのか。絶対の透明の中に置かれた絶対に覚醒せる、いわば照尺ゼロの凝視だけではないのか。それにもう一つ、「昔ながらの仕来たりに従って、機械的に書く」ことだけではないのか。尤もこの「書く」ということで、彼はレトリックを一新しはした。恐らくモーパッサンを乗り超えさえした。彼において「印象主義的」文学はその絶頂をきわめた。彼はロシヤ文学のクロード・モネだ。だがこれは恐ろしく退屈な仕事ではないのか。せめてその見るもの、従ってその書くものに、何か美しいものの切れ端でもあればいい。だが彼の照尺ゼロの凝視のなかに見出されるものは、彼がいみじくも「凍原とエスキモー」