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クリティシズムとにんしきろんとのかんけい
クリティシズムと認識論との関係
戸坂 潤
「学芸」1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,091 字 · 50 页
だから右のような常識は、主張でないようで結局は主張なのである。
一例を挙げよう。スピンガーンは近代のクリティシズムが表現の研究に帰着しつつあることを指摘する(J. E. Spingarn, The New Criticism)。アリストテレスの『ポエティカ』を始めとしスカリゲルやボアローなどに至るカノン(規矩)主義的な批評精神に反抗して、今日の新しいクリティシズムは、作品をば、規格品としてではなく何物かの自由な表現を見るようになって来ている、というのである。芸術は常に表現技術と考えられるようになっている、というのだ。実際、文典やレトリックは勿論、詩論やドラマトゥルギーさえも、文芸作品の裁判官であってはならないということが、今日のクリティシズムの常識である。文章規範的なものは文章の参考とはなっても、勿論今日、文章を裁くことは出来ない。元来クリティシズムには裁くより前に先ず理解してかかるべき義務があるとされる。何を理解するかと云えば、作品に表現された作者やその背後の時代や民族や階級の生活や思想だ。そういう意味で芸術が表現であると主張することは、少しも間違ったことではない。