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クリティシズムとにんしきろんとのかんけい

クリティシズムと認識論との関係

戸坂 潤

「学芸」1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,091 字 · 50 页

青空文庫

五

そういう仕方で事が始まらなければ、それはクリティシズムではなくて、その対象についてのただの理論か何かであろう。クリティシズムが科学的であればあるほど、まず第一に勘を必要とする所以だ。クリティシズムが、一方に於て最も概念的でありながら他方に於て最も感性的である処の文芸を選んで、自分の温床としていることにも、だから意味があったのである(クリティシズムの対象は勿論文芸や芸術に限られてはならぬのだが)。

だが考えて見ると、一切の哲学は実は感性理論に帰するようだ。少なくとも現実的で生々したリアリティーのある哲学は、概念そのものが極めて感性的だと云ってもいいだろう。そういう哲学に限ってその機能自身が極めて批評的であることを思い出さねばならぬ。批評性を失った哲学は学校的又は僧侶的な教義でしかなくなる。でクリティシズムの機構と哲学原則とは、双方から手をさし伸べる。恰も認識論というものは、そういう処になり立つものであった。

五

クリティシズムが認識論にぞくするかどうかというような言葉の問題は、今割合にどうでもよい。必要なことは、クリティシズムの機能が何よりも認識論的なものだという根本着眼である。