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ゼーロン
ゼーロン
牧野 信一
「改造」1931(昭和6)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页
なぜならこの擂鉢を乗り超えて次の谿谷に差しかかるとそこは正しく昼なお暗い森林地帯で、この森深く逃げ込めば大概の悪人は追手の眼をくらませることが出来るという難所である。ここには浮浪者の姿に身を窶した盗賊団の穴居が在って、私はその団長で、煙草を喫すのにピストルを打ってライターの用にし馴れている拳銃使いの名人と知り合いだったが、私がなんの言葉もかけずに都へ立去った由を聞いて彼は憤激のあまり、私を見出し次第、ポンと一発あいつ奴を煙草の代りに喫してやらずには置かないぞ! といき巻いているとの事であったから、私はその怖ろしいライターの筒先に見出されぬ間にここを横断しなければならない。それにはゼーロンの渾身の駿足が必要だったからである。それでなくともこの森を単独で往行した人物は古来から記録に残された僅少の名前のみである。それにはこの森を深夜に独りで踏み越えた豪胆者として坂田金時や新羅三郎の名前が数えられて、今なおその記録を破る冒険者は出現しないと流言されている。通例は森を避けて、猪鼻から、岡見、御岳、飛龍山、唐松、猿山などという部落づたいに龍巻村へ向うのが順当なのであるが、私は既に塚田村で遠回りをしたばかりでなく驢馬事件のために思わぬ道草を喰ってしまった後であるから是非ともこの森を踏み越えなければ途中で日暮に出遇う怖