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ソヴェトにおける「れんあいのじゆう」について

ソヴェトに於ける「恋愛の自由」に就て

宮本 百合子

「サラリーマン」1932(昭和7)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,439 字 · 7 页

青空文庫

それで恋愛の表現等でも、パリとモスクワと違うところは、例えばパリは引け時間、地下電車の入口に立って見て居ると、女が先に来て改札口で待って居る。すると若い男が来る。互に抱き合って長い間接吻して、女と男と別々の方へ別れて行く、そういう表現をフランス人はする。

が、ソヴェトの若い人間は往来で接吻するようなことはない。第一そういうものに対する解釈、そういう恋愛技術というものに対する考え方が全然違う。

ソヴェトでは個人間の恋愛関係は、生産単位として各人を要求して居る社会の前に提出すべき第一の問題でないからそう云う点は考え方が違う。

仕事の為にどっかへ互に別れて行く。これは当然だ。

第一そんなに吸い付くということは衛生的でない。口の中には沢山のバチルスをもっているというようなことは子供の時から教えられて居る、そういうスローガンが衛生教育の一つの定規になっている位だ。

*

共産青年団員は握手はしない。ピオニェルも握手しない。それで先ず第一に来ることは、恋愛の自由ということでも、家庭における婦人の地位の向上ということでも、要するに生産関係が変って、女が本当に生産の単位として社会の中に組織をもって現れて来ないうちは、何にも根本にはものにならないということがはっきりする。