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チェーホフしろん
チェーホフ試論
神西 清
――チェーホフ序説の一部として――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,618 字 · 41 页
(九八年)である。トルストイの民話『人はどっさり土地がいるか』は、結局三アルシン(七尺ほど)でいいという落ちになっている。チェーホフはそこを捕まえて、それは死体で人間じゃない、人間に要るのは、自由な精神を思う存分に発揮できる全地球だ全自然だと、作中の獣医に叫ばせているのである。では、それでトルストイとは縁切りか。
ところが、トルストイに対するチェーホフの態度には、理念の上の否定ということだけでは割り切れない、一種微妙なものが残っているようだ。わりあい晩年に近いチェーホフと近しくしたゴーリキイの回想によると、話がトルストイのことになると彼は、情合と当惑が半々にまじったような微笑をちらりと浮べ、これは摩訶不思議なことだからうっかりした事は言えぬとでもいった風に、声を低めたそうである。敬遠には違いなかろうが、よほど手数のかかった敬遠だったことがこれでわかる。
『すぐり』を書いてから二年の後、トルストイが患らったことがあった。その時のチェーホフはメンシコフに手紙を出して、しきりに病状を案じているばかりでなく、もしトルストイに死なれたら自分の生活には大きな穴が明くだろう、自分は不信心者だが、ほかのどんな信仰よりあの人の信仰が一ばん身近に感じられると、すなおな調子で告解している。