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ヒルミふじんのれいぞうかばん
ヒルミ夫人の冷蔵鞄
海野 十三
「科学ペン」三省堂、1937(昭和12)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,412 字 · 29 页
もちろんヒルミ夫人は、その卓越した治療手腕をもって万吉郎の体力を、かのスーパー弩級戦艦の出現にたとえてもいいほどの奇蹟的成績をもってすっかり改造してしまったのであった。だから万吉郎は、いまや文字どおり鬼に金棒の強味を加えたわけであった。ヒルミ夫人は自らも過不足なきまでに満足感に達し、万吉郎はいよいよ強豪ぶりを発揮していった。しかも万吉郎の心の隅には、黄いろく萎びた新婚早々のころ、一度ヒルミ夫人に対して抱いた恐怖観念がいつまでも汚点のようにしみこんでいて、それが時にふれ、気がかりな脅威をよび起こし、その脅威はすこしずつヒルミ夫人に対する嫌悪の情に変ってゆくのを、どうすることもできなかった。
万吉郎は、なんとかしてヒルミ夫人の身体から抜けだしたいと思った。といって完全に抜けだしてしまったのでは、こんどは生活の上に大きな脅威をうける。もう彼は、地道にコツコツ働いて、月給五十円也というような小額のサラリーマン生活をする気はなかった。ヒルミ夫人のもとにいて、懐手をしながら三度三度の食事にも事かかず、シーズンごとに新しい背広を作りかえ、そしてちょっと街へ出ても半夜に百円ちかい小遣銭をまきちらすような今の生活を捨てる気は全然なかった。