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プロレタリアぶんがくにおけるこくさいてきしゅだいについて
プロレタリア文学における国際的主題について
宮本 百合子
「読売新聞」1931(昭和6)年10月16、17、20~22日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,199 字 · 15 页
にあらわれている唯物弁証法的把握上の失敗は、先ずどこか機械的な点で目立つ。
書かれた点からだけ見ると作者は、こう考えたように見える。資本主義第三期の世界を書くのに、社会的に大きい事件ばっかり書くのは間違っている。あらゆる日常的な、些末なことがそれぞれみんな主題と関係している。又、積極的な面だけが重要ではない。消極的な部分も洩らされてはいけない、と。
酒井とその宿主の婆との衝突、エルゼという人物などはそういう作者の見とおしで扱われている。コンムニストでも決して善玉揃いではない。「何しろ沢山の党員だし、古い歴史をもった党だからタマには蛆虫も湧くんさ。南京虫はどこにでもいる。」
コンムニストが善玉揃いでないということはその限りにおいて真実だ。しかし、この少くとも第一部には、蛆虫も時には湧かせつつドイツの党がどれだけ大衆によって強力に組織され、世界プロレタリア解放のために闘っているかという積極的な点は、有機的にここに示された消極の一場面と結びついて閃いてはいない。――
一つの主題を、唯物弁証法的に把握するということは、積極的な面と消極的な面とを、固定した姿で対立させることでないのは自明だ。