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ボニンとうものがたり

ボニン島物語

久生 十蘭

「文藝春秋」1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,772 字 · 41 页

青空文庫

そうこうしているうちに最初の島に居残っているのは、いくらもいなくなり、散り散りに、小島に分れて住むようになった。

それくらいですめばよかったが、間もなく、もっと悪い結果になった。昨年の秋ごろ、ペール島からペラホの土人の女が逃げてきて、ラムのつくりかたをおしえた。それが堕落のはじまりで、どの島へ行っても、酔いつぶれているか、飲んだくれてあばれている。働いている者はついぞ一人も見かけないようになった。

とりたてのない土地から、一人でも人間を引くなどと、うまいことをいっていますが、つまりは、それらをコキ使って、じぶんらはラムを飲んで遊んでいようという了見なのです……人間が住んでいるところに、安楽世界はないものだ。間もなく、ボニン島も、地獄のようになることでしょう……こういうところですが、それでも行かれますか」

深志と駒三郎は、相顧みて苦笑しながら

「そんなら、御国のほうが、まだしもだ」とこたえた。

明治八年、田辺太一の一行がボニン島へ調査に行ったとき、父島の西の渚に、その頃の住居のあとが残っているということだったが、それも、明治十六年、クラカトア島の大噴火で、印度の海岸を襲ったあの五十尺の海嘯に洗い流され、あとしら浪となってしまった。