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ボロやのしゅんじゅう
ボロ家の春秋
梅崎 春生
梅崎春生『ボロ家の春秋』。同一底本的分册已合并为一书。收入:ボロ家の春秋、Sの背中、黄色い日日、記憶、蜆、庭の眺め、凡人凡語。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 页
まるで戦時中の『××に対し奉り最敬礼』とでも言った恰好なのです。ふしぎなものでそうやられると、こちらの気合いがスポッとちぢこまってしまい、不破はその財布をあいまいに受取ってしまった。すると若者は最敬礼のまま四五歩後退し、おもむろに頭を上げ、廻れ右をしてしずしずと彼方に歩き去って行きました。まことに天晴れな進退で、僕らはすっかり気を呑まれて、ただ茫然と見送っているばかりでした。交番にしょっぴくことに思いを致したのは、人混みにまぎれ去った後のことなので、どだい話にもなりません。
しかしそれでも、財布が戻ってきたことだけでも不破は大喜びして、僕に一度御馳走したいと申し出ました。僕もそれを拒む理由はないし、欣然と応諾しました。不破が連れて行ったのは、花園町のあるウナギ屋の二階です。不破は革財布を掌でパタパタと叩きながら、
「どうせすられたものと諦めて、ひとつ今夜は豪勢に行きましょう」
と言いました。そしてその財布から名刺を一枚出して僕に呉れたのですが、それは『不破数馬』と印刷してあった。不破は鼻翼をびくびく動かしながら、自分は不破数右衛門の直系の子孫であると、やや誇らしげに語りました。