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マクシム・ゴーリキイのでんき

マクシム・ゴーリキイの伝記

宮本 百合子

幼年時代・少年時代・青年時代

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 60,543 字 · 120 页

青空文庫

窓の前の地べたの上には洋傘をさしている歪み足の人間。それから全景の上に斜の線を引いて、出来上ったものを主人のところへ持って行った。

眉をつり上げて、気むずかしげに主人が訊いた。

「こりゃ一体何だ?」

「雨が降ってるところなんです」ゴーリキイは説明した。「雨降りの日にはどんな家でも曲って見えるよ。雨はいつでも曲っているから。それから鳥は――蛇腹にかくれたところ。雨の日にはいつもこうです。それからこれは、家へ駈け込んでゆく人で、女が一人ころんで、こっちのがレモン売りで……」

「や、大変ありがとう」主人は紙へ髪をすりつけるようにして大笑いをはじめたが、細君は夫を嗾し立てた。

「マア、なぐりつけてやんなさいよ!」

図をもう二度引直した時には、ゴーリキイも製図道具と自分の活溌な空想力とを制御する術を会得した。ところが、思わぬ妨害から、この修業が奪われた。ゴーリキイにとってはあの忘れ難いお祖母さんの妹でありながら似も似ない鬼の姑婆さんが台処へ来た。一種何ともいえない気味わるい訊きようで訊いた。

「図引をやるのかい」

ゴーリキイが返事しない間に、婆さんはゴーリキイの髪の毛を引掴んでゴッツンと卓子に顔をぶつけた。