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マダムさだやっこ
マダム貞奴
長谷川 時雨
「婦人画報」1920(大正9)年2~4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,999 字 · 53 页
それは貞奴の生涯の、前半生の頁だけを繰ってそれで足れりとする人のいう事である。何にも完全はのぞまれないとしても、わたしという慾張りは、おなじ時代に生れた女性の、一方の代表者を、よりよく、より輝かしい光彩をそえて、終りまでの頁を、立派なものにして残したいと望んだからであった。小さな断片でも永久に亡びない芸術品はあるが、貞奴のそれは大きく、広く、波動に包まれた響きの結晶である。それが末になって崩れていたならば、折角築きあげられたものの形を完全ないではないか、わたしの理想からいえば、貞奴の身体が晩年にだけせめて楽をしようとするのに同情しながらも、それを許したくなく思った。芸術に生き、芸術に滅びてもらいたかった。雄々しく戦って、痩枯れた躯を舞台に横たえたとき、わたしたちはどんなに、どんなに彼女のために涙をおしまないだろう。讃美するだろう。美しい女優たちは、自分たちの前にたって荊棘の道を死ぬまで切りひらいた女の足許に平伏して、感謝の涙に死体の裳裾をぬらし、額に接吻し、捧ぐる花に彼女を埋めつくすであろう。詩人の群はいみじき挽歌を唄って柩の前を練りあるくであろう。