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モスクワのつじばしゃ

モスクワの辻馬車

宮本 百合子

「読売新聞」1931(昭和6)年1月1日、4日、6~9日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,305 字 · 17 页

青空文庫

彼女は毎日いろんなモスクワの街を歩き、そこにある様々な都会の秋の風景を心に刻みつけながら、自分とモスクワとのつなぎをゆるめる仕事をしていた。

一昨日、モスクワ地方行政部へ行った。黄葉した植込みの奥のもっと黄色い柱列を入って行って、旅券の後に添付されてるSSSL居住許可証を返して来た。桃色の大判用紙(その角には日本女の写真をつけたまま)をはがすとき、掛りの男は紙を旅券につけていた赤い封蝋をこわした。封蝋はポロポロ砕け、樺の事務机の上にこぼれた。日本女は今でも赤い封蝋がどんなにこなごなになって机に落ちたかたをはっきり思い出すことが出来た。

今夜はこうやって新聞包を足元にのせて馬車を駆っている。新聞包を或る一つの家へおくことで、又一つモスクワと日本女との間にある結び目がゆるめられるのである。

日本女は腕時計をのぞいた。それから馬車の上でのび上り、賑やかな人通りをこえて右手に続く高い建物の漆喰軒を見まわした。六十八番てのは何処だろう。彼女自身もまだ来たことないところである。

――ああそこ、そこ!

道ばたにセメント樽、曲った古レール、棒材がころがっている。