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レモンのはなのさくおかへ

レモンの花の咲く丘へ

国枝 史郎

「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页

青空文庫

(間)人魚が追えば追う程、舟はだんだんと遠ざかりまして、青褪めた月が海上に昇り、屍のような水の色が、海の面を蔽うた時、人魚も舟も地平線の背後へ隠れてしまいました。(間)そして人魚は永久に海の都へは帰って来ず、海の都では行方知れずの人魚を浮気心だと云って憎みました。……歌の意味はこのようなものでござりましたが、母はこればかりを歌っておったのでござります。(長き沈黙)恐ろしいことでござりました、不思議なことでござりました。その人魚姫の運命が、さながらに母の身の上へ落ちて来たのでござります。(と窓外を見る、月光水の如く窓より差し下る。これより以前、二人の使女は立ち帰りしが女子と公子と語り合うを見て、何か囁き合うて退場)

公子 その悪い運命の呪詛が、母の身の上へ落ちた晩も、(間)ああ今夜のように月光の青い晩でござりました。死んで行く人へ着せる経帷子に螢の光がさしたような、陰気の晩でござりました。ああ丁度今夜のような、(女子は身を震わす。風吹く)母が寝台から不意に立ち上がりました。(間)傍に寝ていたその時八歳の私へ、チラリと横眼をくれたばかりで――それは母が私にくれた最後のなつかしい眺めでござりましたが。