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レモンのはなのさくおかへ
レモンの花の咲く丘へ
国枝 史郎
「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页
母は寝巻姿のままで裏庭へ立ち出でました。ふらふらと歩く姿は、夢遊病患者のようで、やさしい肩から垂れた懸け衣が、空の光で透き通るほど白く見えました。(間)母は裏庭の細道をトボトボと辿るのでござりますが、その時の母の姿は未だに私の眼に残っています。肘まで露骨に出た、象牙細工のような両手を前にさし出して、足をつま立てて、おるのでござります。もすそは道の露にぬれて、袖ばりが夜風に払われて、ハタハタと翻ります。母の歩く道には真紅の罌粟の花が、長い茎の項に咲き、その花がゆらゆらと揺れて、母の行くのを危ぶむように見えました。(間)母が両手を前へ差し出した様子が何者かを捉えようとあせっている風に見えましたので、私は窓越しに母の行手を見つめましたが驚いたのでござります。(間)一人の騎士姿の音楽家が、月光に全身をあびせたまま、いと誇り顔に立っているではござりませぬか。(間)夜眼にもしかと認めたのは、紫の袍と、桂の冠と、銀の竪琴とでござりました。そして銀の竪琴をかき鳴らしては、母を海辺へ導いて行くのでござります。竪琴の曲は聞きまがうようもない、短嬰ヘ調で始まる、「暗と血薔薇」