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ウィタ・セクスアリス

ヰタ・セクスアリス

森 鴎外

「昴」1909(明治42)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,941 字 · 119 页

青空文庫

何かの煎薬であったのだろう。まさか外用薬ではなかったのだろう。

中年増が女の櫛道具を取って片附けた。それから立って、黒塗の箪笥から袿を出して女に被せた。派手な竪縞のお召縮緬に紫繻子の襟が掛けてある。この中年増が所謂番新というのであろう。女は黙って手を通す。珍らしく繊い白い手であった。番新がこう云った。

「あなたもう遅うございますから、ちとあちらへ」

「寝るのか」

「はい」

「己は寝なくても好い」

番新と女とは三たび目を見合せた。女が三たびあざやかに笑った。歯が三たび光った。番新がつと僕の傍に寄った。

「あなたお足袋を」

この奪衣婆が僕の紺足袋を脱がせた手際は実に驚くべきものであった。そして僕を柔かに、しかも反抗の出来ないように、襖のあなたへ連れ込んだ。

八畳の間である。正面は床の間で、袋に入れた琴が立て掛けてある。黒塗に蒔絵のしてある衣桁が縦に一間を為切って、その一方に床が取ってある。婆あさんは柔かに、しかも反抗の出来ないように、僕を横にならせてしまった。僕は白状する。番新の手腕はいかにも巧妙であった。しかしこれに反抗することは、絶待的不可能であったのではない。