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ウィタ・セクスアリス

ヰタ・セクスアリス

森 鴎外

「昴」1909(明治42)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,941 字 · 119 页

青空文庫

血が頭に上って顔が赤くなっている。そしてとうとう僕にこう云った。

「君、一寸だからこの中へ這入って一しょに寝給え」

「僕は嫌だ」

「そんな事を言うものじゃない。さあ」

僕の手を取る。彼が熱して来れば来るほど、僕の厭悪と恐怖とは高まって来る。

「嫌だ。僕は帰る」

こんな押問答をしているうちに、隣の部屋から声を掛ける男がある。

「だめか」

「うむ」

「そんなら応援して遣る」

隣室から廊下に飛び出す。僕のいた部屋の破障子をがらりと開けて跳り込む。この男は粗暴な奴で、僕は初から交際しなかったのである。この男は少くも見かけの通の奴で、僕を釣った男は偽善者であった。

「長者の言うことを聴かなけりゃあ、布団蒸にして懲して遣れ」

手は詞と共に動いた。僕は布団を頭から被せられた。一しょう懸命になって、跳ね返そうとする。上から押える。どたばたするので、書生が二三人覗きに来た。「よせよせ」などという声がする。上から押える手が弛む。僕はようよう跳ね起きて逃げ出した。その時書物の包とインク壺とをさらって来たのは、我ながら敏捷であったと思った。僕はそれからは寄宿舎へは往かなかった。

その頃僕は土曜日ごとに東先生の内から、向島のお父様の処へ泊りに行って、日曜日の夕方に帰るのであった。