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ウィタ・セクスアリス

ヰタ・セクスアリス

森 鴎外

「昴」1909(明治42)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,941 字 · 119 页

青空文庫

その伯父の所帯が左前になったので、いよいよ廃学をしなくてはならないようになった。そこで国へ帰って小学校の教員でもしようかと思っている。しかし教員になるにしても、その旁何か遣りたい。西洋の学問をするには、素養が不十分な上に、新しい本を買うのは容易でない。そこで一時の凌ぎにと云って、伯父の出してくれた金の大部分は漢籍にしてしまった。それを持って国へ引込んで読むというのである。

僕は気の毒でたまらなかった。しかし何とも言いようがない。意味のない慰めなんぞを言うと、裔一は怒り兼ない。為方なしに黙っていた。

間もなく裔一は帰ると云った。そして立ちそうにして立たずに、頗る唐突にこんな事を言い出した。

「僕の伯父の立ち行かなくなったのは、元はおばの為めだ」

「おばさんはどんな人なんだ」

「伯父が一人でいたときの女中だ」

「ふむ」

「それがどうしても離れないのだ。女房に内助なんということを要求するのは無理かも知れないが、訣の分らない奴が附いていて離れないというものは、人生の一大不幸だなあ。左様なら」

裔一はふいと帰って行った。

僕はあっ気に取られて跡を見送った。戸口に掛けてある簾を透して、冠木門を出て行く友の姿が見える。