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ひとつのできごと

一つの出来事

宮本 百合子

「大観」1919(大正8)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,024 字 · 23 页

青空文庫

その足もとに足を組んで何か見ている小娘の姿まで、瞬間の眼に写ったすべての光景は、まるで想像もできないほど変化している。たぶん私が上で、故国から来た新聞でも読んでいる間に、下では住む人間の「なかみ」がすっかり入れ換りになってしまったのであろう。

私は思わず「まあ」と云って階子(はしご)を馳け下りた。意外である。全く思いがけない。どうしてそんなに速く引越しができたのだろう。

荷物を運ぶ様子もなく、人の出入りする気勢(けはい)もなくて住む人間は換っている――。ほんとに意外である。意外であると同時にまた恐ろしく滑稽である。ちょうど何か小さい羽虫が、どこかの畑に転っている西瓜の巣を、目瞬きする間に引き払って、隣りの南瓜(かぼちゃ)に引越したような単純な可愛さがある。世の中に、こんなにも素早い引越しをする者がまたとあるだろうか。

いつもブタブタなオバーオールを着て、腕を捲(まく)り上げたお婆さんの命令のままに、パイプを銜(くわ)えてのそのそと動いていたお爺さんを想うとき、この想像は一段と光彩を増すのである。

私共は珍らしく理も非もなく長閑(のどか)な心持になって虫のお引越を話し合った。