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ひとつのできごと
一つの出来事
宮本 百合子
「大観」1919(大正8)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,024 字 · 23 页
けれども、今度入れ換って住むようになったのは土地の者でもなければ、近在のものでもない、ユダヤ人である。博愛とか、人道主義とかいう呼び声は地に満ちていながら、黒人に偏見を捨てられない、米国人の殆どすべてから Wandering Jew で排斥されるユダヤ人なのである。
若し商業上の手段が卑劣で守銭奴だという方面の観察のみを強調して行けば、もちろん日常の生活にも狡猾で利己主義で、いわゆる鼻曲りであるという結論に導かれるかも知れない。
けれども、それだけでは公正に、彼等民族のすべての方面に向って下されるべき批判ではない。ただ一面である。国家的悲運に陥った或る民族の径路は複雑でなければならない。私にとってユダヤ人という名は、単に興味からいっても、豊富な内容を盛った劇的想像なのである。
彼等は確かに金嚢とキリストとを引換えた。けれども、彼等が総掛りで殺しにかかっても、なお殺しきれなかったキリスト自身を生んだ民族である。私は彼等のうちに在る「燃えざる火」を忘れることはできない。いつかどこかで、熾(さか)んに火花を散らして照り輝くべき焔を待つ「心」を棄てられない。