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ひとつのあいじょう

一つの愛情

豊島 与志雄

「新小説」1949(昭和24)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,635 字 · 22 页

青空文庫

いろいろ失礼なことばかり申上げました。お許し下さいませ。

吉岡先生様紀美子

吉岡は十日間ばかり山の湖水へ遊びに行った。紀美子のところへは、自身で訪れる代りに手紙を書いた。心は紀美子の方へ強く引き寄せられながら、体は立ち止ったのである。彼女の極度な自己卑下には、なにか人を阻むものがあった。

紀美子の境涯も、次第にはっきりしてきたし、その人柄も特別なものではなさそうだった。ひどく内気で、羞恥心が強く、生活力が弱く、一人きりの孤独な暮しをしている人だと、そんなふうに想像された。教養もあるらしい。手紙の文字も美しかったが、だいたい、美しい字を書く女には顔のまずいのが多く、まずい字を書く女には顔の美しいのが多いので、その通例からすれば、彼女の容貌はまあ美しい方ではなさそうだった。そうではあるが、不思議にも、吉岡は彼女に心惹かれ、彼女のことをいつも想うようになった。他方、彼女の自己卑下は執拗で、感傷癖とも思えずいささか煩わしくさえあって、吉岡も眉をひそめた。そのことが謂わば吉岡を両断して、肉体的には近寄れない思いをさせ、感情的にはぐいぐい引き寄せられた。