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さんじゅっさい

三十歳

坂口 安吾

「文学界 第二巻第五号」1948(昭和23)年5月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,211 字 · 32 页

青空文庫

言うべきことを言ったのだ。そして、扉をしめて立ち去らずに、なお私の前にいるだけのことである。

こうなれば、私自身の言うべきことも、たゞ一つしかないだけのことだ。私は然し、あの人のように一途に決意をこめてはおらず、余裕があったので、愛とか恋という言葉の表現や発音が、間の抜けたバカげたものになりはしないか、気がゝりで、言葉の選択と表現法に長くこだわる時間がすぎた。

「僕もあなたを愛していました。四年間、気違いのように、思いつづけていたのです。この部屋で、四年前、あなたが訪ねてこられた日から気違いのようなものでした。いわばそれから、あなたのことばかり思いつめていたようなものです」

私がこう言い終ると、あの人がスックと立ち上ったように思ったが、実際は、あの人が顔を上げたゞけなのだ。その顔が青ざめはてて、怒りのために、ひきしまり、狂ったように、きつかったのだ。

「四年前に、なぜ、四年前に」

変に、だるく、くりかえした。

「なぜ、四年前に、それを仰有って下さらなかったのです」

そして、かすかに、つけ加えた。

「四年間……」

すると、あの人は、うつろな目をあけたまま、茫然と虚脱し、放心しているのだ。