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ふざいじぬし
不在地主
小林 多喜二
一~十一、十六「中央公論」1929(昭和4)年11月号、十二~十五(「戦い」の表題で。)「戦記」1929(昭和4)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,990 字 · 141 页
健の母親も決して欠かしたことがなかった。
「……現世は苦しい――嫌なこと、悲しいこと、涙のにじむようなこと、淋しいことで満ち満ちている。だが、これも前世イからの約束事、何事も因果の致すところじゃ、そう思オ――て、しのばにゃならない。――お釈迦様はそうおっしゃッていなさる。」
坊さんはそう云う。年寄達は一句切れ、一句切れ毎に、「南無阿弥陀仏」を繰りかえした。
「……その代り、あみだ様のお側にお出になったとき、始めて極楽往生を遂げることが出来る。あ――あ、お前も人間界にいたときは苦しんだ。然し何事も仏様の道を守って、一口も不平を云うことなく、よくこらえて来た、もう大丈夫じゃ、さ、手を合わせて、こういう風に合わせて、たった一言、ナムアムダブツ、そう称えさえすれば大安心を得ることが出来るのじゃ。蓮華の花の上に坐ることが出来るようになるのじゃ……。」
「有難いお言葉じゃ。」
「あ――あ、有難や。有難や。」
「ナムアムダブツ。」
「ナンマンダブ、ナンマンダブ……。」
――百姓は心の何処かで、自分でも分らずに「来世」のことを考えている。――長い間の生活があんまり「苦し」過ぎていた、それがそして何時になったって、どうにもなるものじゃなかった。