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せそう
世相
織田 作之助
「人間」1946(昭和21)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,089 字 · 64 页
その言葉はさすがに皆まで聴かず、私はいきなり静子の胸を突き飛ばしたが、すぐまた半泣きの昂奮した顔で抱き緊め、そして厠に立った時、私はひきつったような自分の顔を鏡に覗いて、平気だ、平気だ、なんだあんな女と呟きながら、遠い保津川の川音を聴いていた。
女の過去を嫉妬するくらい莫迦げた者はまたとない。が、私はその莫迦者になってしまったのである。しかし莫迦は莫迦なりに、私は静子の魅力に惹きずられながら、しみったれた青春を浪費していた。その後「十銭芸者」の原稿で、主人公の淪落する女に、その女の魅力に惹きずられながら、一生を棒に振る男を配したのも、少しはこの時の経験が与っているのだろうか。けれど、私はその男ほどにはひたむきな生き方は出来なかった。彼は生涯女の後を追い続けたが、私は静子がやがて某拳闘選手と二人で満州に走った時、満州は遠すぎると思った。追いもせず大阪に残った私は、いつか静子が角力取りと拳闘家だけはまだ知らないと言っていたのを思い出して、何もかも阿呆らしくなってしまい、もはや未練もなかったが、しかしさすがに嫉妬は残った。女の生理の脆さが悲しかった。