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くねんぼ

九年母

青木 正児

「あまカラ 8月号 第六十号」甘辛社、1956(昭和31)年8月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,509 字 · 5 页

青空文庫

ただあの皮の香気と実の味とを兼ね備えたところだけは自慢できる。ネーブルの皮は香りはあるが苦くて物にならない。柚子の皮は香味を備えているが、実は酸っぱすぎて話にならぬ。九年母はやはり香味独絶する。

子供の頃食べた郷土の味はなつかしい。下関に接近して彦島がある。今は海底トンネルの入口があったり、工場があったりして、昔の面影はないが、私の子供の頃は農村漁村が散在して、麦味噌の名産地、したがってまたその味噌漬は朝の茶漬の食膳を賑わす妙品として馬関(下関)人に愛好された。「関のお茶漬、出がけにあがれ」とは、口先ばかりのお愛想、人情の軽薄を諷刺した諺であるが、馬関の風俗は、通勤者の家庭はいざ知らず、われわれの家では朝は茶漬、昼に飯を炊くので、学校の弁当なんかも温かいのができると使いが持ってきた。それで少し贅沢なところでは、毎朝早く焼たての蒲鉾が茶漬の菜に置いて歩かれた。それはともかく、彦島から娘っ子が「イギース、イギース」と触れて売りに来た。イギスというのは海藻の一種で、それで造ったトコロテンのようなものである。これを厚く切って酢味噌で食べると、すっぱりとして、磯の香がして好ましいものであった。