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ちぶさ
乳房
宮本 百合子
「中央公論」1935(昭和10)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,932 字 · 56 页
「きっと、藤井のごろつきの仕業だ。――ぐるんなってやがるんだもの、何をするかしれたもんじゃない」
酔っぱらいなどの気まぐれな所業でないことは、明らかであった。
「ポンプのことだって、スパイの奴がたきつけてるにきまってるんだもの」
おとといの朝、臨時に託児所を手伝いに来ている女子大出の小倉とき子が、井戸端でおしめの洗濯をしていた。水を流す音がしたと思うと、土管屋の台所口のガラス戸が開いた。すると、主人の政助が顔を出し、
「あんまり方図なくつかわれちゃこまりますよ。井戸をつかうのは、そっち一軒じゃねえんだからね、勝手に自分の方でばっかりつかわれちゃ、こっちじゃ、ゆっくりおまんまをとぐひまもありゃしねえ」
と云っている声がした。
「どうもすみません」
洗い上げたおしめをもって物干竿へまわる時、とき子は四畳半にいたひろ子と窓越しに顔を見合わせ、荒々しい扱いに不馴れなものの、訴える表情を浮べて笑った。ひろ子にはとき子の心の状態がよくわかり、却って、何も云わなかった。
ひろ子は考えにとらわれた顔つきで、先へ家へ上った。
「さて、と。御苦労様、どうだった?」
タミノは、とんび足に坐ったスカートのポケットからハトロン紙の小袋を出し、一つ一つふるって白銅三枚と銅貨を十一二枚畳へあけた。