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よしんちょうしょ
予審調書
平林 初之輔
「新青年」1926(大正15)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,371 字 · 23 页
ということにきまるのですが、たった一箇所曖昧なところがあるために、謀殺ではないかという疑いの余地が生じて来るのです。もっとも、繰り返して申し上げますが、わたしはそんなことは信じません。ただ検事は深くそう信じこんでいるようですし、ことによると、裁判長も検事の言葉を信ずるだろうと思われるのです。何しろ妙な工合になっているものですからねえ。」
予審判事は、じろりと氷のような視線を老教授に送った。老教授の半白の顎髭が細かくふるえているのは、五尺もはなれている判事の眼にもはっきりわかった。
「その曖昧な点というのはどういう点ですか?」
「実に妙な話でしてね」と篠崎判事は二本目の敷島に火をつけてから語り出した。口元には、やはり、何とも意味のわかりかねる微笑が消えたり浮んだりしている。彼は話の要所要所に力点をつけて、そのたびに、例の裁判官に特有の、相手の心胆をこおらせるような視線を、聴き手の顔へ投げるのであった。老教授は、船暈いをした人が、下腹部に力を入れて、一生懸命に抵抗しようとすればする程、暈いが募って来る時のように、心の平静を失うまいとして、とりわけ、気の弱い彼の持病である脳貧血にかかって倒れるような失態を演じまいとして、肩を張らし、固唾を呑み、両手の指をにぎりしめてきいているのであったが、予審判事の剃刀のような視線