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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

その青年が、岩に腰かけた素子の足もとにのこった。海水浴のときかぶる経木真田のつばびろ帽子で烈しい晩夏の光線を顔のところだけさえぎり、白い麻の着物をきて、ふっくりした手にえくぼのある素子の足もとに、スポーツ・シャツ姿のその青年が横になり、ぽつり、ぽつりものをいっている。素子は次第に胸苦しさがしずまってきた。そして何心なく、あくびを一つした。つづいてすぐまた一つした。間をおかず三つめのあくびが出たとき、素子はぼんやりした狼狽を感じた。どうして、こんなにあくびが出るんだろう、そう思った。そして、もうあくびをしまいと思った。あくびは普通退屈のとき出るものとされている。足許の青年は、自分がそんなに退屈なものと思われていると考えたら不愉快だろうし、素子はその青年に対して好い感情をもっていた。素子が、もうしまいと心で力めば力むほど、あくびはとまらなくなった。その青年はひょっと顔をあげて素子の顔を見、何かの話をきり出そうとした途端、素子の心もちとは全くちぐはぐなあくびがとめどもなくまた出た。青年はおどろいた様子で、素子がものも云わず涙をこぼしあくびしている顔から視線をそらした。