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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
青年はもう地方官としてそこにつとめていた。素子は、自分からそのひとを訪ねて行ったのであった。そして、勤めさきから、帰りにまわって来るそのひとを、土地の料亭で待った。芸者がよばれた。それは素子が云い出したことであった。
素子が、そうやって仙台までさりげなく出かけた心のうちには、昔、伊豆で過した夏の思い出があり、三原山の思い出があった。あのとき、計らずもあくびでそらされた機会への関心があった。それにひかされて仙台へ行ったのであったのに、素子は、さし向いの晩餐をてれて、我からぱあとした雰囲気にしてしまった。その晩、仙台の町を素子の宿まで送って来る途中、そのひとは笑いながら、三原山の昔話をした。
「実は、あのとき僕は、あなたに求婚しようと思って大決心していたんですよ。ところが、あのあくびだもんだから……全くおどろいたなあ」
そのひとは、そういいながら快活な高声で笑った。二人の間ではもう笑って話す昔のひとつばなしとして笑った。素子は二度めに、そして永久に、機会が去ったのを感じた。そのひとは、仙台でも、まだ独身であった。けれども、料理屋で待っていて、お給仕に芸者をよぼうという女の友達に、自分の妻を連想さえ出来なかったのは、無理もなかった。