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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

「いま、すぐ」

そのまま髪を結いに行こうとする伸子に向って、素子はなお息をひそめたような声で、

「ちょいと来てごらん」

手にもっている新聞で招くようにした。

「――なにかあるの?」

櫛をつかいながら及び腰に、素子がひろげたまま、見せるその朝の新聞に目をおとし、伸子は、表情を変えて、そこへ膝をついた。

「やっぱりこういうことになっちまった」

素子が呟いた。伸子は沈黙して、上下の唇のまわりに白い輪のでたような顔つきになって、紙面に大きく複写されている作家相川良之介の写真を見つめた。痩せて、髪を特徴のある形でよく発達した前額の上にたらし、一種の精気と妖気とをとりまぜて、写真の上にも生々しくうつし出されている。当代においても最も芸術的であると云われていたこの作家が自宅で昨夜劇薬自殺を遂げた。その報道である。

肩に髪を散らしたまま、伸子は紙面全体に目をはしらせた。故人の親友の一人であった久留雅雄が、記者団と会見をしている写真を見、遺書として公表されている「ある旧友への手紙」という長い文章を読んだ。伸子は、全身にうけた衝撃を内容づけて、それで自分を落ちつかせるに足りるなにかをさがすように、新聞をよんだ。