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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
人生を彷徨する餓鬼が、また一人そこに女の姿をしていることを病的な神経に感じとったのかもしれなかった。鼻の頭にされようと、唇の上にされようと、そのこころに立ってされた接吻でなくてほかのなんであったろう。それは幽鬼の接吻でなくてなんであろう。ともに頽れゆくものとしての挨拶でなくてなんであろう。
しかし、それは、絢子のいう意味の接吻とは全くちがう。本質がちがう。絢子にそれは理解されないだろう。
沈痛に沈黙している伸子を、じりじりした眼で見まもっていた絢子は、どうしても信じるらしくない伸子を屈伏させようとするように、そのことで、自分が男心を惹きつける女性であることを力説するようにいった。
「佐々さん、まだ信じて下さらないんですのね。でも、男のかたのこころというものは、微妙なものですわ」
そういう事情に通じない伸子を憫笑するようなほほえみを浮べた。
「久地浩さんも、私に接吻なさいました。でも、あのかたなんかはね……」
世評にもいわれているとおりなのだから、という声の表情だった。
絢子のいうことが事実であるにしろ、ないにしろ、そういう話しぶりをする絢子のこころは普通でなくなっている。