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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
多計代が伸子に、
「伸ちゃん、お前シュタイン夫人て知っているかい」
そうたずねたことがあった。伸子は、
「シュタイン夫人て――」
見当のつきかねる表情をした。
「調馬師の夫人ていうシュタイン夫人のこと?」
ゲーテとエッケルマンの対話が訳されて間もない頃で、一部にゲーテ熱がはやっていた。多計代がゲーテと情人関係のあった宮廷調馬師の細君に、なんのかかわりをもっているのであろう。多計代は、素朴に、
「大変きれいな人だったんだってね」
といった。伸子は笑い出した。
「ゲーテをアポロっていうような人たちは、ゲーテのまわりの女のひとを、みんな女神みたいに思うのかもしれないわ」
「そういう皮肉をいう」
「――でも、どうして? シュタイン夫人がどうかしたの?」
「いいえねえ、越智さんが、ゲーテとシュタイン夫人のようなつき合いが理想的だっていったからさ」
伸子は、多計代の素朴さを悲しくきいた。父と母とは、宮廷附の調馬師夫婦で、越智はゲーテの立場というのだろうか。
多計代にとって意味のはっきりつかめない越智の衒学や議論は、情熱的な亢奮や文学趣味を好む多計代に対して肉感的な魅力とすりかえられている。