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ふたつのまつかわ
二つの松川
細井 吉造
「旅」1936(昭和11)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,511 字 · 10 页
だのにわれわれの間には、口に表わすのはむしろ無用であるほどの喜びがみなぎっていた。それはなぜであったか。見たまえ。実に須臾の間であったが、風の鋭利な刃がしつこい霧の幕をズタズタに引き裂いて、やきつくようなわれわれの目の下にひねくれた片桐松川の水の輝きがあったからだ。苦闘二日のあの惨虐な谷の姿が!
きのう、片桐の部落を離れるころ、澄明な空気は全く熟して、蒼い穹窿は太陽の送る光のミサに氾濫していた。だのにりっぱな道が尽きて磧に下りついたころには、西南から流れる雲が天壇を隠蔽して湿った風が狭い谷の中を吹き過ぎるようになった。そして約五時間の後に辛うじて天幕を張り終わったころ、可憐な小品的野営地はもうもうたる雨足の裡にすっかり屏息してしまったのである。しかし野営地まではともかく道はあった。もちろんこの道は決して登山者のためにひらかれたものではない。それはところどころ川床の岩に黒ペンキで示された「監視路」の文字が、やがてこの谷にも入るであろうところの、伐木の近きを約束しているのでもわかる。谷の奥の山は、気のつまるほどの黒木におおわれて、既にアルプス的容貌から逸脱しているのだ。