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じんせいろんノート
人生論ノート
三木 清
下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页
しかしまた金貨もフィクショナルなものである。けれども紙幣と金貨との間には差別が考えられる。世の中には不換紙幣というものもあるのである。すべてが虚栄である人生において智慧と呼ばれるものは金貨と紙幣とを、特に不換紙幣とを区別する判断力である。尤も金貨もそれ自身フィクショナルなものではない。
しかし人間が虚栄的であるということはすでに人間のより高い性質を示している。虚栄心というのは自分があるよりも以上のものであることを示そうとする人間的なパッションである。それは仮装に過ぎないかも知れない。けれども一生仮装し通した者において、その人の本性と仮性とを区別することは不可能に近いであろう。道徳もまたフィクションではないか。それは不換紙幣に対する金貨ほどの意味をもっている。
人間が虚栄的であるということは人間が社会的であることを示している。つまり社会もフィクションの上に成立している。従って社会においては信用がすべてである。あらゆるフィクションが虚栄であるというのではない。フィクションによって生活する人間が虚栄的であり得るのである。
文明の進歩というのは人間の生活がより多くフィクションの上に築かれることであるとすれば、文明の進歩と共に虚栄は日常茶飯事となる。