轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

じんせいろんノート

人生論ノート

三木 清

下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页

青空文庫

怒について

怒について

Ira Dei(神の怒)、――キリスト教の文献を見るたびにつねに考えさせられるのはこれである。なんという恐しい思想であろう。またなんという深い思想であろう。

神の怒はいつ現われるのであるか、――正義の蹂躪された時である。怒の神は正義の神である。

神の怒はいかに現われるのであるか、――天変地異においてであるか、予言者の怒においてであるか、それとも大衆の怒においてであるか。神の怒を思え!

しかし正義とは何か。怒る神は隠れたる神である。正義の法則と考えられるようになったとき、人間にとって神の怒は忘れられてしまった。怒は啓示の一つの形式である。怒る神は法則の神ではない。

怒る神にはデモーニッシュなところがなければならぬ。神はもとデモーニッシュであったのである。しかるに今では神は人間的にされている、デーモンもまた人間的なものにされている。ヒューマニズムというのは怒を知らないことであろうか。そうだとしたなら、今日ヒューマニズムにどれほどの意味があるであろうか。

愛の神は人間を人間的にした。それが愛の意味である。しかるに世界が人間的に、余りに人間的になったとき必要なのは怒であり、神の怒を知ることである。